「AIに仕事を奪われる」と言う人は、本当に論点を見ているだろうか

その他

「AIに仕事を奪われる時代が来る」
最近、こんな言葉を当たり前のように耳にするようになりました。
不安を感じる気持ち自体は、決しておかしなものではありません。
ただ、この言葉が独り歩きし、必要以上に不安だけが拡散されている状況には、強い違和感を覚えます。
結論から言います。
AIに仕事が奪われるのではありません。
AIと人の“役割のすみ分け”が変わるだけです。

スポンサーリンク

仕事がなくなる? それなら何が問題なのか

正直に言えば、
仕事をAIが代わりにやってくれるなら、それに越したことはないと思っています。
もし本当に「働かなくていい時代」が来るなら、
それはむしろ歓迎すべき未来ではないでしょうか。
にもかかわらず、「奪われる」「終わる」「危機だ」といった言葉ばかりが強調される。
ここには、論点のズレがあります。

スポンサーリンク

テクノロジーによる仕事の変化は、昔から起きている

AIの登場は、何か特別な事件のように語られがちです。
しかし冷静に振り返ると、同じことは何度も起きてきました。
たとえば――
電卓が登場する以前、企業には計算担当がいました。
ワープロやコピー機が普及する前は、字がきれいに書ける人が清書を専門に請け負っていました。
今、そのような仕事はほとんど見かけません。
では、それは「仕事が奪われた」からでしょうか?
違います。
仕事の形が変わっただけです。

スポンサーリンク

価値は消えたのか?答えは「NO」

計算担当という職種はなくなりました。
清書専門という仕事も消えました。
では、
字がきれいな人は価値がなくなったでしょうか?
数字に強い人は不要になったでしょうか?
そんなことはありません。
書道は今も残り、
数字に強い人は、今もなお重宝されています。
専業という「形」は消えても、
根源的な価値は消えていないのです。

スポンサーリンク

価値を決めるのは「市場」である

では、その価値はどこで判断されるのでしょうか。
答えはシンプルです。市場です。
企業に勤めるにしても、個人で働くにしても、
同じ肩書・同じ経歴の人が並べば、見られるのは中身になります。
英語が話せる
論理的に考えられる
字がきれい
思考に一貫性がある
こうした要素を持つ人は、今でも「優秀そうだ」と評価されます。

スポンサーリンク

AIができることは、評価軸にならない

ここでよくある反論があります。
「でも、英語はAIが翻訳できる」
「論理的思考もAIがやってくれる」
「字はワープロで十分だ」
確かにその通りです。
しかし、人を見るときに
「それ、AIでもできますよね?」
という視点で能力を疑うでしょうか。
多くの場合、見ているのはそこではありません。

スポンサーリンク

最終的に評価されるのは「やり切れるかどうか」

評価されるのは、
課題に対して向き合い、考え、やり切れる人かどうかです。
AIは手段を与えてくれます。
スピードも精度も、人間を圧倒します。
それでも――
何を選ぶか
どう判断するか
責任を取るのは誰か
ここは、今もこれからも人の仕事です。

スポンサーリンク

「AIに仕事を奪われる」と言う人の共通点

「AIに仕事を奪われる」と繰り返し口にする人は、
往々にして市場を見ていません。
市場に向き合わず、
自分の価値を更新しないまま日々を過ごしていれば、
不安だけが膨らむのは自然なことです。
でも、それはAIの問題ではありません。

スポンサーリンク

不安よりも、自分に向き合おう

だからこそ、
不安を煽る言葉に振り回される必要はありません。
そういう人たちは、生温かく見守ればいい。
私たちは、自分が市場から何を求められているのかに向き合う。
AIの時代に問われるのは、
「奪われるかどうか」ではなく、
どう価値を発揮するかです。
静かに、でも確実に。
そこに向き合っていきましょう。

ほうれん草

フリーランスのWebコンサル・プログラマーで生計を立てるために奮闘中。 建設業界の営業マン→Web系企業で正社員中。 東京在住。趣味は格闘技。 コツコツ自分の闘いをつぶやきます。

コメント

タイトルとURLをコピーしました